ラオスの村にて

ラオスの村では,各自の家で機織りをしています。

 自分の着るものは自分たちで作る。そんな感じですが。出来上がったものも見せて頂きましたが。私も欲しくなりました。

 折り上がった布は,仕立屋さんに持っていって上着にしてもらうのだそうです。それも見せて頂きましたが,私も欲しくなりました。

 足るを知る,多くを欲しがらない。そんな慎ましやかな生活が人情のきめ細かさを生むのでしょうか。そんな純真な人たちが,Bangkokなどの大都会に働きに出て,だまされたり,恋をして破れたり,傷ついていく人も多いような。でも,皆さん強かに生きて行ってるような。

 人生に幸多かれ。そんなことを願わずにはいられません。

新しいカメラを

新しいカメラが届きました。前々から欲しかったのですが,値段下がってくるのを待っていました。およそ5000円程度下がったので,誘惑に負けて注文してしまいました。明日から,価格コムの情報は見ないことに。

オズモポケット

iPhone 8 と,ドッキングさせてますが,その大きさが分かるでしょうか。結構小さいので,手軽に持ち運べそうです。これから,ここへ,記事をアップするときに使えそうです。

 まだ,手にして半日ほどです。なかなか,上手く使えないときも出てきますが。手軽にロケショーンカメラとしても手頃だと感じましした。後は,外部マイクの入力端子が欲しいのですが,来月にならないと入荷しないとのこと。音が,なんと言っても貧弱なので早く欲しいです。

LAOS ガソリンスタンドにて

Gas stand in Laos countryside.

まだ小学生ぐらいの少年が,ガソリンを買いに来ていました。周りは,そのことにあまり違和感を持たずに眺めていました。日本だったら,いきなり怒られる。

 でも此処ラオスでは,普通のことらしい。街中ではあまり向けませんが,田舎では。お店の人も,周りの人も極々普通に接していました。

 法律で,がんじがらめに規制するより,緩い方がいいのかなぁ。精神的にも余裕が出て来るかも。それに,この様な風景の中で,街中の常識を適用しない方がいいのかも。

訪問ありがとうございます。

ラオスの田舎 早朝

日の出と共に,一日が始まる。周りからは,鶏や牛,犬の鳴き声などが聞こえてきます。いつもと変わらない一日の始まりです。Camcorderをもって表へ

Laos

 のどかな田園風景の始まりです。いつもと変わらず,牛の放牧から始まるような。牛たちは,珍しいものを発見してしまって,(私を)ちょっと動揺しています。

 都会の喧噪を忘れ,日の出と共に起き,夕日と共に夕餉を囲む。そして,満天に鏤められたような星を眺め一日を終える。

 人がなんと感じようと,あまり関知しない。己の心浮くまま自己を律する。人の評価など,常に正しいとは思えない。時には正しいときもあるでしょうが。ゆっくりと自己と対峙して己を律する。自分が納得できた行動をとる。たとえ間違えてもいいんじゃない。

 

生きるって,

ChiangDao ChiangMai Thailand

農作業。まさに晴耕雨読。

でもなぁ。否応もなく貨幣経済に組み込まれていく。去年あたりから,電気が使えるようになったけど。電気が引かれたら,電気料を払わなくてはいけない。便利になると,それ相応の負担が強いられる。よりいっそう稼がないと,生活が出来なくなる。その悪循環。

 稼ぐことが,生活を維持していく目的になる。よりいっそうの贅沢と,便利さを求めて,人は一生懸命に働く。心の余裕と,時間の余裕がなくなっていく。

 何故なんだろう。最終的には,金を稼ぐことが目的になってしまうような。金の多寡で,人の幸せは測れるのだろうか。大切なのは,自分をさらけ出して生きていける空間や時間では。